カテゴリ:父と病( 5 )   

伯父が亡くなって・・・   

2007年 01月 25日

昨夜、伯父がなくなりました。
静かに、眠るように息を引き取りました。


自宅に帰った伯父の顔は、安らかで
そして、亡くなったおばあちゃんにそっくりで
うわぁ。。親子なんだな~なんて思ってしまいました。


父の兄であり、一番の親友でもあった人。
私にとっても、一番身近なおじちゃんでした。


伯父はがんの為、何度か入退院を繰り返していて
今回の入院では、新年は迎えられないかもしれない

と、医者からは言われていたけれど、
新年には初の内孫も生まれるから、頑張って欲しい・・と祈っていました。


無事、赤ちゃんが生まれ、
病床で、デジカメで写真を見せた従兄弟(赤ちゃんのパパ)は、
意識が混濁しはじめていた伯父も、、声をかけるとちゃんと頷いたと言っていました。


私の父は、自分が倒れる前までは
毎日散歩がてら病院へ見舞いに行き、
2ヵ月後、無事に退院して、ことの経緯を全て伯父に打ち明け
お互いに涙をこぼしながら、頑張ろうと励ましあっていました。

ただ、この時の父の本心では・・
2ヶ月会わない間に、明らかに衰えてしまった自分の兄の姿にショックを受け
更に、兄の姿に、自分自身が生死を彷徨っていた時期が重なってしまい
自身も、いつまた突然倒れるか分からない恐怖を背負って・・
結果・・見舞いに行く足が徐々に遠のいてしまいました。


父のそんな気持ちも凄くよく分かり、
シカオちゃんの「木曜日、見舞いに行く」のあの歌が
胸に刺さって聞える様になってしまいました。


伯父の死は、本当に悲しい・・
でも、よく頑張ったね・・とも思う。


ただ、今、一番気がかりなのは父。
しっかり見送って、
自分は、もう一頑張り!って思って欲しいな。。
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退院しました   

2006年 10月 23日

9月6日に救急車で運ばれてから、およそ50日・・
無事・・とは言い切れませんが、父は退院し、
自宅に戻ることが出来ました。

心配して、色々励ましてくださったみなさん、どうもありがとうm(--)m。

全てにおいて、元の状態に戻るのは難しいのかもしれないですが
せっかく繋いでいただいた命、
父自身が楽しめる日々を過ごして欲しいものです。


私も反省・・
もうちょっと、親孝行しておかないと・・・!
(でも、何をすればよいのやら・・(^^;))
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1ヶ月が経ちました。   

2006年 10月 06日

くも膜下で父が倒れてから、1ヶ月が経ちました。
早いものです。
そして、こうして元気を取り戻しつつある父を見て、
命の有難さをしみじみと感じています。

父は、もうすぐ、大部屋に移れることになりそうです。
ベッドでの日々のため、足腰が弱っていますが、自力で立ち上がることも出来ますし、
話も普通に出来ています。


数日前、医師から父への正式な病状説明と今後の相談と称してお話がありました。

それは、今回、父の頭の中が、どういった状態で、ここに運ばれてきたか、
どんな手術をしたか、そして今、どういう状態か・・
父の全てを、包み隠さず、順を追っての説明です。


その話の中には、私たち家族が、父が激しく動揺するのでは・・・?と
心配するような話がありました。


父には、生まれついての血管の奇形があったのです。
びっくりするくらい、大きいものでした。
今日の今日まで、それを知らずに生きてきたわけです。
そして、その奇形の為、血流が激しくなり、動脈瘤が出来やすくなっていた
ということらしいのです。
又、今回の手術で、塞ぐことが出来た動脈瘤は、三つのうちの二つ。
残りのひとつは、今回は塞げなかったということです。


父は、これで経過がよければ、すっかり元の体に戻り
何事もなかったかのように過ごせるとばかり思っています。
完治だと思っているのです。

そんな父に、まだ、いつ破裂するか分からない瘤が実は残っている。
そして、その根源は奇形にある。
これは、さらに大手術をしなければ取り除けない。
ただし、その手術には、大きなリスクもある・・。
運動神経に影響も出るかもしれない手術となるが、
しなければ、それはそれで、瘤の方がいつ再破裂を起こすとも限らない・・・・
今度破裂した時は、最後の時であると思わなくてはならない・・。
奇形がある限り、また瘤が増えることもあり得る・・。

どちらも究極の選択。
そして、その選択は、患者本人がやはりするべきだ
先生はそうおっしゃいました。

私も母も、弟にも、父は、どちらを選ぶにしても、嘆き、苦悩するのが見えました。
家族として、どう、そんな父を支えてゆくか。。
結論が見えないままの告知だったのです・・。


・・・・・・が、


気の小さい、臆病な父のはずが、先生の丁寧で実直な説明ひとつひとつを
じっくり噛み締め、自分のCTを見つめ、
そして、実にサバサバと、そしてあっさりと言いました。


「あの日、既に、俺はいなくなっていたかもしれないんだ。
今頃は、土の中だったはずなんだ。
でも、ここの病院に運ばれて、素晴らしい先生方に救っていただいたんです。
本当に、私はシアワセ者です。。有難いことです。
自分は、何て恵まれた、強運の持ち主なんだろうと思います。

だから、これから先は、先生に経過を見ていただきながら、
ゆっくりと、のんびりと、伸ばしていただいた命で楽しんで行きますよ。
手術は、今後の経過で決断すればいい。
倒れたのが6日だろ?今日が、20日だろ?
・・俺の命は、もう、2週間も儲けてる。V(^^)V・・
こんなに幸せな事はないですよ。
こんな大病をした俺が、あと、どれくらい生きられるか、楽しみじゃないか・・(^^)」


もともと、涙もろく、小心者の父です。
動揺、嘆きを覚悟して、最悪は泣き出されるのでは?と
父の様子をずっと伺っていた私は、
今までの父と、その時の父が同一人物には思えないくらい衝撃的でした。
変な言い方ですが、
一度、三途の川を見るだけ見てきた人は、どこか吹っ切れてるのです。(笑)

その、清清しいとさえ見える姿に、泣き出してしまったのは、私の方でした。
あっぱれだと思います。


とりあえず、まずは退院して、
ゆくゆくは、また、好きなマレットゴルフや旅行に行かれる様になるといいね。
無茶をせず、父は、一日一日を大切にして生きていってくれそうです。
散々心配しましたが、心配しすぎていたのは家族である、私たちのようです。
やれやれ・・。
母も、「今のお父さんなら大丈夫。投げやりにならず、きっといい人生を送ってくれるね」
そう言ってます。
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父のその後・・   

2006年 09月 11日

ご心配おかけしております。

くも膜下で倒れた父の手術は、一般的な開頭手術による、
破裂した血管をクリップで留めるものではなく、血管内手術で行われました。

理由は、瘤が数箇所あり、一箇所の開頭では今回は無理であるという判断です。
血管内手術というのは、足から動脈におよそ1.5mの細い管を入れ、
脳の患部にまで到達させ、管の先端のコイルを瘤に埋め込むというものらしいです。
今回その施術を3箇所に行うとのことでした。。

足から、脳まで管を通す・・!?

そんなことが可能なのか?とビックリしてしまいました。
イライラ棒なんていうゲームがありましたが、あれが頭に浮かびました。
ちょっとでも管が血管に触れてしまえば
それが命取りになるなんてこと、ど素人の私にもわかります。
それ以外にも、大きなリスクがあるのですが。。。
お願いするしかありません。


先生を信じ、7間以上に及ぶ手術となりました。

真夜中、呼ばれた時は、術前の険しい表情の先生の顔が、
優しい表情に変わっていて、すっきりした顔で私たちを迎えてくれました。



手術から2日後・・・
徐々に意識が戻ってきています。
私のこともわかっているし、手足の麻痺もなさそうなくらいよく動く・・。

これから少しずつ、話も出来るようになりそうです。


ただ、今回の手術は、最初の一歩。
今回トライした3箇所の瘤のうち、1箇所は断念したとのこと。

それ以外にも、父の頭の中は、問題が山だらけでした。
父本人と共に、今後、この問題にどう取り組んでいくか・・
なかなか難しいところです。
ただ、今後、どうなるにしても、今、頭に傷が全くないのは、
家族としても、見た目にも有難いです。


まずは、父、お疲れ様。

お父さんの手を握る、頭をなでる・・何十年ぶりかのスキンシップ致しました(笑)。

お母さんも、普段は父の愚痴ばかりこぼしていたけど、やっぱり夫婦だわ。。

幼い頃、夫婦喧嘩ばかりしていて、私の中に、その闇が少しありました。
自分がずっと今まで、それを引きずっていたことも、今回自覚しました。
でも、それは、今回の母の姿を見て、浄化されていくのを感じたから。。


早く、孫にも会わせてあげたいけど、もうちょっとの我慢です。
今は、しっかり安静を・・・。
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頑張れ、父   

2006年 09月 07日

昨夜、実家から電話があり、父が倒れたとのことでした。

風呂上りに頭痛を訴え、倒れこむように布団に入ったものの
体調は悪くなるばかり。

近くの脳外科には手術のため受け入れを断られ
さらに救急車で国立病院に行ったものの、
結局別の病院に転送されることになり
不調を訴えてから2時間近くもドタバタしてしまいました。

結果
くも膜下出血でした。

私が病院に駆けつけた時はCT検査をし、安静のためICUで眠らされている状態。

CTの写真は、ど素人の私が見てもおかしい脳の中でした。


予断は許されない状態。
今後の現実と向かい合わなければなりません。


でも何をして良いのか分からず
何をするわけでもないので、とりあえず帰宅を勧められ
家に戻ってきました。
眠ったような寝てないような・・・
こんな状態で、ブログを更新している自分も変だとは思うんだけど。。。


落ち着きません・・。


とにかく、意識が戻った父と、まともな会話がしたい・・。
このままではやり切れません。。

まだ68だよ。
頑張って。。。
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